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フロネシス08:気候変動リスクにそなえる | 気候変動で社会はどのように変わるのか

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(1)

C L I M A T E C H A N G E

総 論

1

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気 候 変 動 で

社 会 は ど の よう に

変 わ る の か

木 根 原 良 樹

井 上 剛

(3)

#01 異常気象は毎年甚大な被害をもたらしている 2000年以降の主な気象災害 資料:気象庁「気候変動監視レポート」などよりMRI作成 2000.01~02 2001.11 2002.06~09 2002~2003 2003.06~08 2004.06~10 2004.09 2004.11~12 2005.08 2005.12~2006.01 2006.05~11 2006.06~07 2006.06~12 2007.11 2008.01~02 2008.05 2008.06~09 2008.08~09 2009.01 2009.02~03 2009.03~09 2009.12~2010.01 2010.07 2010.07~08 2010.08 2011.01 2011.01~09 2011.01~11 2011.04~05 2011.07~11 2012.03 2012.03 モンゴル アルジェリア 中国中部・南部 オーストラリア 欧州 インド、バングラデシュ ハイチ フィリピン 米国南部 ロシア、東欧 フィリピン 欧州全域 オーストラリア バングラデシュ アフガニスタン ミャンマー インド北部 米国南部、中米諸国 アルゼンチン オーストラリア南東部 ケニア 欧州、シベリア、北米 ロシア、東欧 パキスタン 中国中部 ブラジル アフリカ東部 米国南部、メキシコ北部 米国南東部・中部 タイ、カンボジア マダガスカル 米国南東部 大雪で100万頭以上の家畜が死亡 大雨で800人以上が死亡・行方不明 大雨で1,000人以上が死亡 干ばつにより小麦の生産量が前年比60%減少 熱波により5万2,000人以上が死亡 大雨で2,000人以上が死亡 ハリケーン「ジーン」により3,000人以上が死亡・行方不明 台風と大雨で1,500人以上が死亡・行方不明 ハリケーン「カトリーナ」で1,700人以上が死亡、3兆円の損失 たびたび寒波に見舞われ、1,000人以上が死亡 台風で1,000人以上が死亡 熱波により欧州中部を中心に2,000人以上が死亡 干ばつにより小麦の生産量が前年比60%減少 サイクロン「シドル」により4,000人以上が死亡・行方不明 寒波により800人以上が死亡 サイクロン「ナルギス」により13万人以上が死亡・行方不明 大雨で2,700人以上が死亡 ハリケーン「グスタフ」「アイク」などで420人以上が死亡 ラニーニャの影響による干ばつで農作物に被害 異常高温と少雨、森林火災により180人が死亡 干ばつで野生動物が大量死、100万人の食料が不足 日最低気温が平年値を10℃以上下回る異常低温 熱波・干ばつによる森林火災と小麦生産の減少 大雨による洪水で1,960人以上が死亡 大雨で1,700人以上が死亡 大雨による洪水や地すべりで800人以上が死亡 干ばつで1,000万人以上の生活に影響 史上最大の森林火災、干ばつで250万人の飲料水が不足 300 個以上の竜巻が発生し、500人以上が死亡 大雨による洪水で約1,000人が死亡 トロピカルストーム「イリーナ」の影響で70人以上が死亡 130個以上の竜巻が発生し40人以上が死亡  世界では、ここ10年ほどを見ても、毎 年のように大雨や台風、熱波、干ばつ などの異常気象によって、数千人の人命 が失われ、数百万人の安全な生活が脅 かされている(♯01)。異常気象は、生 命の危険に加えて、大きな経済損失を もたらす。  2011年のタイの大雨による大洪水が 日本経済に大きな打撃を与えたのは記 憶に新しい。2011年夏、雨季に当たる 6月から9月にかけて、インドシナ半島の ほぼ全域で平年の約1.2倍から1.8倍と いう多雨が続き、10月上旬にはタイ北 部の広い範囲で毎時100~200㎜の降 水量を観測した。結果としてタイを南北 に流れるチャオプラヤ川流域の多くの地 点で河川氾濫や土砂崩れが発生し、深 刻な洪水被害をもたらしたのである。そ の損失額は、約400億ドルにのぼる。   タイには日系企業が多数進出してい る。日本貿易振興機構(JETRO)によ れば、約450社の日系企業の工場が浸 水被害に遭ったという。  気象庁では、ある地点で見た場合に 30年に1回程度よりも希に起こる気象 現象を「異常気象」と定義している。つま り30年に1回起きるような大雨や、それ とは逆に無降水日数が何日も続くような 干ばつ、極端な高温や低温なども異常 気象である。タイの大雨は、まさに異常 気象と呼べるものだった。 ─異常気象は気候変動が原因か?  タイの洪水のような個別の災害を取 り上げて、それが気候変動*1によるも のか、それとも通常の気象変化のゆら ぎなのかを判 断 することは 難しい。 一方で、2007年に公表されたIPCC(気 候変動に関する政府間パネル)の第4 次評価報告書(AR4)では、気候変動

異常気象が甚大な経済損失をもたらす

*1 地球上では、晴天や雨、雪などさまざまな大気現象が起 きるが、数日程度の短い間に変化する大気の現象を気象と呼 び、数カ月から数百万年にわたる長期の大気の状態のことを 気候と呼ぶ。人間活動による温室効果ガスの排出や自然要因 により気候システムが変化することを気候変動と呼ぶ。 P h r o n e s i s n o . 8 / 1 - 0 1 4 / C L I M A T E C H A N G E総 論

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#01 異常気象は毎年甚大な被害をもたらしている 2000年以降の主な気象災害 資料:気象庁「気候変動監視レポート」などよりMRI作成 資料:気象庁「気候変動監視レポート」などよりMRI作成 2000.01~02 2001.11 2002.06~09 2002~2003 2003.06~08 2004.06~10 2004.09 2004.11~12 2005.08 2005.12~2006.01 2006.05~11 2006.06~07 2006.06~12 2007.11 2008.01~02 2008.05 2008.06~09 2008.08~09 2009.01 2009.02~03 2009.03~09 2009.12~2010.01 2010.07 2010.07~08 2010.08 2011.01 2011.01~09 2011.01~11 2011.04~05 2011.07~11 2012.03 2012.03 モンゴル アルジェリア 中国中部・南部 オーストラリア 欧州 インド、バングラデシュ ハイチ フィリピン 米国南部 ロシア、東欧 フィリピン 欧州全域 オーストラリア バングラデシュ アフガニスタン ミャンマー インド北部 米国南部、中米諸国 アルゼンチン オーストラリア南東部 ケニア 欧州、シベリア、北米 ロシア、東欧 パキスタン 中国中部 ブラジル アフリカ東部 米国南部、メキシコ北部 米国南東部・中部 タイ、カンボジア マダガスカル 米国南東部 大雪で100万頭以上の家畜が死亡 大雨で800人以上が死亡・行方不明 大雨で1,000人以上が死亡 干ばつにより小麦の生産量が前年比60%減少 熱波により5万2,000人以上が死亡 大雨で2,000人以上が死亡 ハリケーン「ジーン」により3,000人以上が死亡・行方不明 台風と大雨で1,500人以上が死亡・行方不明 ハリケーン「カトリーナ」で1,700人以上が死亡、3兆円の損失 たびたび寒波に見舞われ、1,000人以上が死亡 台風で1,000人以上が死亡 熱波により欧州中部を中心に2,000人以上が死亡 干ばつにより小麦の生産量が前年比60%減少 サイクロン「シドル」により4,000人以上が死亡・行方不明 寒波により800人以上が死亡 サイクロン「ナルギス」により13万人以上が死亡・行方不明 大雨で2,700人以上が死亡 ハリケーン「グスタフ」「アイク」などで420人以上が死亡 ラニーニャの影響による干ばつで農作物に被害 異常高温と少雨、森林火災により180人が死亡 干ばつで野生動物が大量死、100万人の食料が不足 日最低気温が平年値を10℃以上下回る異常低温 熱波・干ばつによる森林火災と小麦生産の減少 大雨による洪水で1,960人以上が死亡 大雨で1,700人以上が死亡 大雨による洪水や地すべりで800人以上が死亡 干ばつで1,000万人以上の生活に影響 史上最大の森林火災、干ばつで250万人の飲料水が不足 300 個以上の竜巻が発生し、500人以上が死亡 大雨による洪水で約1,000人が死亡 トロピカルストーム「イリーナ」の影響で70人以上が死亡 130個以上の竜巻が発生し40人以上が死亡 P h r o n e s i s n o . 8 / 1 - 0 1 5 / C L I M A T E C H A N G E総 論

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※1955年の海氷の厚さを100%とした場合

資料:NOAA「200th Top Tens: Breakthroughs: The First Climate Model」よりMRI作成

#02 北極海の海氷の厚さが100年で半分に 気候モデルによる海氷の厚さの予測 100%0 100 200 300 400 500cm 北極海の 海氷の厚さ 北極点 北極海の 海氷の厚さ 54%※ 海氷の厚さ 2050年代 1950年代 によって豪雨や干ばつ、熱波などの異常 気象が起きる可能性が高まることに明 確に言及している。  現在、世界中の科学者が、気候変動 の実態の解明や影響評価などの検討を 進めている。変動を示す指標としては、 世界の平均気温や海水温、海面水位な どが用いられる。  1900年から現在まで世界の平均気 温の推移を見ると、1906年から2005 年までの100年間で、平均気温は0.74 ℃上昇した。特に最近50年の気温上昇 速度は、過去100年のほぼ2倍に相当 する。2000年からの今後100年間につ いては、世界の研究機関がいくつかの シナリオをもとに予測した結果をIPCC が取りまとめているが、環境の保全と 経済の発展が地球規模で両立する社会 (B1シナリオ)では約1.8℃(異なる予測 モデルによる予測幅は1.1~2.9℃)、経 済成長を優先させた社会(A1FIシナリ オ)では約4.0℃(同2.4~6.4℃)上昇す るとしている。  一方、世界の平均海面水位は20世 紀を通じて17㎝上昇した。これは海水 温が高くなることによる熱膨張に加えて、 氷河・氷床などが広範囲にわたって減少 していることに起因する。今後の予測に ついては、21世紀末までにB1シナリオ では18~38㎝、A1FIシナリオでは26 ~59㎝上昇するとしている。  気候変動の影響が顕著に現れるの が北極海域である。米国海洋大気局 (NOAA)は、過去の観測と将来シナリ オに基づき実施した1950年以降の北極 海の海氷の厚さについてのシミュレーシ ョン結果を公表している。海氷の厚さは 1955年頃を100%とした場合、2005年 頃には77%と、過去50年間で23%も 減少した。さらに今後も海水の融解が進 み、2055年頃には54%まで減少すると 予測している(♯02)。 ─スーパー台風が増加する  異常気象のなかでも、一度に大きな 被害をもたらすのが、ハリケーンや台風 などの暴風雨である。スーパー台風の公 式な定義はないが、気象学の分野では 最大地上風速が67m/sを超えることを ひとつの判断基準としている。たとえば P h r o n e s i s n o . 8 / 1 - 0 1 6 / C L I M A T E C H A N G E総 論

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※1955年の海氷の厚さを100%とした場合

資料:NOAA「200th Top Tens: Breakthroughs: The First Climate Model」よりMRI作成

#02 北極海の海氷の厚さが100年で半分に 気候モデルによる海氷の厚さの予測 100%0 100 200 300 400 500cm 北極海の 海氷の厚さ 北極点 北極海の 海氷の厚さ 54%※ 海氷の厚さ 2050年代 1950年代 P h r o n e s i s n o . 8 / 1 - 0 1 7 / C L I M A T E C H A N G E総 論

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#03 海水温の上昇でスーパー台風が増える 台風が強大化するメカニズム 雨 水蒸気 風 熱帯域の 海面水温上昇にともなって、 熱帯低気圧 (台風・ハリケーン)の 強さは増し、 最大風速や降水強度が 強まる可能性が高い。 台風(低気圧) 海洋 資料:MRI スーパー台風 通常の台風 1959年に発生した伊勢湾台風や1961 年に発生した第二室戸台風がスーパー 台風だったと言える。2005年8月に米 国のメキシコ湾岸地域を襲って甚大な 被害をもたらしたハリケーン「カトリー ナ」もこのカテゴリーに入る。  気象学の最近の研究によれば、今後、 破壊的な勢力をもつスーパー台風がます ます頻繁に来襲する可能性があるという。 2012年に名古屋大学と気象庁気象研 究所の合同チームが発表した研究によ ると、日本に上陸するスーパー台風の個 数は、20世紀後半には期間中3個であ ったものが、21世紀後半には12個(4倍) に増加するとしている。  このように台風が強大化する要因の 一つとして挙げられるのが、海面水温 の上昇である。順を追って説明していこ う。  まず、台風の発生メカニズムを確認し ておく(♯03上)。赤道地方では海面か ら蒸発する水蒸気をエネルギー源として 定常的に積乱雲が発生している。赤道 付近の海面を吹く風は、水蒸気をたっ ぷり含みながら空気の塊となって上昇を 始める。やがて気圧が下がるとともに気 温が低下して、空気の塊に含まれる水 蒸気が水滴や氷の結晶となり、雲がで きる。このとき多量の熱(凝縮熱)を出し、 回りの空気を暖める。その暖められた空 気は軽くなってさらに勢いよく上昇を 続ける。このサイクルを繰り返すことで、 雲が積み重なり、激しい上昇気流が生 まれる。それが、強力な台風に成長し、 多量の雨を降らせることになる。  スーパー台風の発生メカニズムも、通 常の台風の場合と変わらない。ただ、海 水温が高くなると、台風に供給されるエ ネルギー量は増加し、通常よりも激しい 上昇気流が生まれる。気温が高くなる と大気に含まれる水蒸気量が増大する ため、さらに多くの熱エネルギーが供給 される。こうして通常よりも上空高くまで 気流が上昇し、猛烈な風と雨をもたらす。 これがスーパー台風である(♯03下)。  21世紀後半の西太平洋の海面水温 は現在よりも2℃ほど上昇すると予想さ れており、それが各種研究でスーパー台 風が増加すると予測されている主要因 の一つといえる。 P h r o n e s i s n o . 8 / 1 - 0 1 8 / C L I M A T E C H A N G E総 論

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#03 海水温の上昇でスーパー台風が増える 台風が強大化するメカニズム 雨 水蒸気 風 熱帯域の 海面水温上昇にともなって、 熱帯低気圧 (台風・ハリケーン)の 強さは増し、 最大風速や降水強度が 強まる可能性が高い。 台風(低気圧) 海洋 資料:MRI スーパー台風 通常の台風 P h r o n e s i s n o . 8 / 1 - 0 1 9 / C L I M A T E C H A N G E総 論

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#04 気候変動は人間社会にさまざまな影響をもたらす 気温上昇が引き起こす自然現象と社会影響との関係 気温上昇 豪雨の増加 台風の強大化 干ばつの増加 氷の融解 海氷・氷床・氷河 水害の増加 水資源枯渇 生物多様性の 喪失 食料不足 エネルギーへの 影響 人口増加 エネルギー消費の資源消費・ 増加 自然現象 社会影響 社会経済変化 資料:MRI  気候変動がもたらす自然現象と、それ らが社会にもたらすさまざまな影響との 関係は♯04のように整理できる。  地球温暖化による影響は、前節でも 述べたように、大雨や干ばつの増加と いった異常気象や、氷河や海氷の融解 といった自然現象となって現れる。こう した自然現象は、災害、エネルギー、水 資源、食料、生物多様性など人間社会 のさまざまな側面に影響を及ぼす。また、 新興国や途上国を中心とした人口増加、 資源やエネルギー消費の増加などの諸 問題を抱えており、気候変動はこれらを より深刻化させる可能性がある。  気候変動が私たちの社会に与える影 響をより詳しく見ていこう。  IPCCが実施した各種の経済評価の レビューによると、自然災害による経済 損失は今後ますます増大すると考えられ ている。2012年に出されたIPCC「気候 変動への適応推進に向けた極端現象及 び災害のリスク管理に関する特別報告書 (SREX)」では、2040年に台風災害によ る経済損失は2000年に比べて30%増 加、洪水による経済損失は同60%増加 するという。この数字は2040年までの人 口増加や経済成長を考慮しておらず、新 興国の経済発展の具合によっては、損 失額はさらに拡大するかもしれない。  水資源への影響は、生命に関わる問 題だけにさらに深刻だ。1995年に水ス トレスにさらされる人口は14~16億人だ ったが、2050年には気温上昇が小さい 場合(平均で約2.4℃)で28~52億人、 大きい場合(平均で約3.4℃)では44~ 69億人に達するという(IPCC第4次評 価報告書)。同様に、気候変動は食料、 とくに穀物生産に大きな影響を与える。 低緯度地域は気温上昇によって穀物の 生産性が低下するほか、甚大な干ばつ 被害などが発生するおそれがある。中 高緯度地域は、1~3℃程度の上昇であ れば生産性は逆に向上するが、それ以上 の上昇幅であれば低下する(IPCC第4

気候変動への適応を考える

P h r o n e s i s n o . 8 / 1 - 0 2 0 / C L I M A T E C H A N G E総 論

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#04 気候変動は人間社会にさまざまな影響をもたらす 気温上昇が引き起こす自然現象と社会影響との関係 気温上昇 豪雨の増加 台風の強大化 干ばつの増加 氷の融解 海氷・氷床・氷河 水害の増加 水資源枯渇 生物多様性の 喪失 食料不足 エネルギーへの 影響 人口増加 エネルギー消費の資源消費・ 増加 自然現象 社会影響 社会経済変化 資料:MRI P h r o n e s i s n o . 8 / 1 - 0 2 1 / C L I M A T E C H A N G E総 論

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次評価報告書)。  食料については水害の影響も深刻だ。 2008年にミャンマーに上陸して13万人 以上の死者・行方不明者を出したサイ クロン「ナルギス」。この年はインドでも 大雨で2,700人以上が死亡するなど南 アジアやインドシナ半島が異常気象に見 舞われた年だった。水害でコメの収穫 が減り、コメの国際価格が上昇。2002 年には200ドル/tだったものが、5倍の 1,000ドル/t付近に達した。  最後に生物多様性への影響を見てお く。気温上昇が2~3℃上昇した場合、 植物種および動物種の約20~30%に おいて絶滅リスクが増大する(IPCC第 4次評価報告書)。IUCN(国際自然保 護連合)が2012年1月に発表したレッド リストによれば、絶滅危惧種の数は1万 9,817種。土地開発による生息面積の 減少や乱獲など人間の経済活動の影響 が大きいが、気候変動との関係も指摘 されている。現実に自然生態系の消耗 は加速しており、将来的には遺伝資源 や観光資源などの面で影響が顕著にな ると予想される。 ─ 気候変動へ適応するための2つの視点  地球の気候は過去にない速度で変動 し、今後も人間社会にさまざまな影響 を及ぼすことになる。私たちはこの現実 を受け止め、今後の暮らし方、ビジネス の取り組み方などを考える必要がある。  将来の気候の変化を念頭において、 人の生活や企業活動に悪影響が出ない よう、また良い影響をうまく利用できるよ う、今の時点から社会システムを変えて いくことを気候変動への「適応」という。 例を挙げると、洪水の増加に備えて防 災体制を強化したり、農作物の適地変 化に備えて品種改良をしたり、といった 行動が適応にあたる。  現時点でも社会が多くの問題に直面 するなかで、将来の変化を念頭におい た対策を行うのは簡単ではない。しかし、 気候変動の影響が明らかになってから 対策を行ったのでは手遅れになるのは 明らかだ。時間がかかるものから順に、 今から行動に移していくことが重要では ないだろうか。  気候変動への適応を考える上で重要 な視点を2つ挙げる。 P h r o n e s i s n o . 8 / 1 - 0 2 2 / C L I M A T E C H A N G E総 論

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Keyword1: グローカルな発想と行動がカギになる  最も重要なポイントは、グローバルと ローカルの両面から事象を捉えることで ある。こうしたアプローチをここでは「グ ローカル」と呼ぶことにする。  国際的な連携によって、地球全体の 適応を進めようという動きが始まってい る。2010年のCOP16(気候変動枠組 条約締約国会議)では、途上国の適応 を支援するための「カンクン適応枠組」 が設立された。その一方で国レベルの適 応計画の策定が進む。欧州では2008 年までにイギリスやオランダなど8カ国 が、自国における気候変動の将来予 測を踏まえ、適応計画を策定している。 自治体レベルの計画も策定され始めた。  経済・社会がグローバル化するなか、 新興国や途上国が適応に失敗すれば、 影響は全世界に及び先進国も多大な損 失を被る。冒頭に述べたタイの洪水はそ の端的な一例であろう。日本をはじめ先 進国は、世界の適応問題は自国の問題 との認識をもち、グローバルな適応策に 積極的に乗り出していくべきなのである。  たとえば水の問題では、中国や南米 の新興国やアフリカの途上国などで水資 源が枯渇しており、人口増加が問題の 解決をさらに困難にしている。こうした問 題に対して、日本の先進的な造水・節 水技術の活躍場面が大いにあるだろう。  一方、日本国内でも別の意味での問 題を抱えている。現在、日本の山間地 では水源の涵養(かんよう)、水の利権 といったことが大きな課題になっている。 これらは国レベルではなく、自治体もし くはさらに小さな地域レベル(ローカル) での解決を探っていくことになる。  一つ事例を紹介しよう。長野県安曇 野市では工業利用や水田の減少などに より、地下水や湧水が減少し、ワサビ田 などに被害が出ている。このため同市は、 休耕田に水を張ったり、工場が使い終 えた冷却水を地面に戻したりするなどの 対策を打ち出したほか、地下水の利用 量に応じて協力金を集める仕組みをつく り、条例化を目指している。ちなみに、こ うした世界各地で行われているローカル な創意工夫を共有するネットワークがあ れば、グローバルレベルでも互いに有益 P h r o n e s i s n o . 8 / 1 - 0 2 3 / C L I M A T E C H A N G E総 論

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なヒントを得るに違いない。  グローバルな発想でローカルに行動す る、その逆にローカルな発想をグローバ ルに展開する。両面の視点で取り組む ことが問題解決へのカギになる。 Keyword 2: リスクへの先駆的取り組みが新ビジネスを生む  気候変動の影響を考えるとき、先に 述べたような水害や食料生産性の低下 など、リスクの面のみがクローズアップさ れることが多いが、リスクへの備えや適 応が、ビジネス上の好機(opportunity) になることもある。  たとえば、北極圏には今、世界中から 熱い視線が向けられている。『The New North』の著者であるローレンス・C・ス ミス氏は、北極海を中心とした新たな 経済圏8カ国(米国、カナダ、アイスラン ド、グリーンランド(デンマーク領)、ノル ウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシ ア)をニュー・ノースと呼び、今後、世 界の経済成長に重要な役割を果たすと 指摘している。  まず、気候変動によって北極海の海 氷が縮小すると、北極圏の海底に手つ かずのまま埋まっている原油や天然ガス などが採掘可能になるほか、北極海航 路が通年で航行可能になる。また、気候 変動によって寒さが和らげば北への人口 流動が大きくなり、定住化・都市化が 進み、北極圏の港湾都市は多大な経済 発展の恩恵を受けるだろうとしている。  気候変動に伴って新たな需要も生ま れる。経済成長を続ける新興国ではエ アコンの需要が増えているが、今後も 気温上昇が続けば、欧米の先進国でも 冷房用のエアコン台数は増えるだろうと、 日本の電機メーカーは注目している。ま た、水源枯渇に直面している国をベース に、安心・安全な水をビジネスにしよう と、欧米のメジャーと呼ばれる大企業が 動き出している。気候変動の影響に対 していち早く問題解決策を提示すること は、結果的に企業に先駆者利益をもた らすことになる。  以降の章では、気候変動が社会にも たらす影響と適応策を、エネルギー、水、 食、災害、生物多様性の5つに分けて 見ていくことにする。 P h r o n e s i s n o . 8 / 1 - 0 2 4 / C L I M A T E C H A N G E総 論

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